SENSUALISM

頭の中

25



ついこの間は20だった


21でこの業界に飛び込んで非日常を沢山経験し
体験したくもない非日常も時には経験した

関わりも何もかもが分断され、考え纏められる
今のこの世に正解なんてなく

無理やり導き出した答えは
全て当人のエゴでしかないけれど


芯を通してやり切る覚悟のある使命を
見つけることと、そのチャンスを得るまで
3年掛かった。恵まれているし、運がいいと思う。



下積みは美談ではないし、己の怠慢である。
でもそこには人それぞれストーリーがあって
枠外の人間には誰にも触れられないようなかけがえの無い時間が存在する。言わば青春である。


数字を得ることが現代では正解かも知れないけれど
計算され尽くした答えの外には、誰もが予想出来ない場がある。この世に溢れた〇〇至上主義達には
経験出来ない時間がある。この時間を、思い出を増やす為に自分は今を生きているんだと思う。


野暮ったい歌詞のJPOPも、
脈絡のない人間の会話も、
それらをどう捉えるかで印象は変わる

他人がセンスありげにストーリーに載せる
マイナー楽曲は稀にセンスがいいし、
天才作家達の文学作品は積極的に読むべきだと思う

知識を得たことによって差別化せずに
そこの差異を知り楽しむことが頭の良さで
それをひけらかす輩は皆一様に敵を作る


結果、差異をストレスに変換せず
滑稽や愉快、それぞれの感情で遊ぶのが
世の中を上手く生きる秘訣だと思う。
24歳の自分はより弄れまくりの弄れ野郎になった。でも大分スッキリした気がする。


コロナ禍で空間の歪んだ2年、理由付けの2年。
色んなメディアや人が死んだ。過去の自分、無意識下でも本能的に必死に動いてたんだなと知ったのは皆が自分の言葉を摘んで言ってくれたからだった。


最高な人達にもそうでない人達にも出会った1年。
人間腹の底では何を考えてるかは分からないけど、心からの信頼や裏切られてもいい人達に出会えたのは初めてだったな。それくらいkärlekの皆が自分は好きだし支えられている。


結局人は主観で生きていて、人一人が紡ぐ文章なんて、思考なんて興味の無いものだと思う。


それでも自分の日々の活動や、言葉
夜の時間を楽しみに、生活の原動力にしてくれる
皆が決して少なくない人数が存在することに毎度新鮮に驚く。自分はエゴの塊だから言うけど、皆本当にセンスが良いと思う。だから自分はそんな皆を絶対にどんな形であれ幸せに、原動力に、各個人のセンスに直結する何かを生み出していきたい。



流行り廃りが流行りのインターネット。現代社会。
何者にも変え難い個人になれますように。



毎年5月2日という日はきっと誰よりも幸せだよ。
kärlekの皆が毎日を幸せに生きれますように。



SEN